第1回 歴代天皇陵めぐり
2020/02/27
2020/02/27
本記事は、当社代表の須田が所属している、日本生産性本部主催経営コンサルタント養成講座OB会(茗谷倶楽部)が発刊している会報「茗谷」に、昨年寄稿した原稿を加筆したものです。合計3回にわたり、天皇陵めぐりの魅力について連載します。
公益財団法人日本生産性本部
https://www.jpc-net.jp/
茗谷倶楽部
https://www.meikokuclub.com/
はじめまして。経営塾第9期卒業の須田徹也と申します。簡単に自己紹介をさせていただきます。
横浜駅近くで、社会保険労務士業、人事コンサルティング業を営んでいます。主に横浜市内や川崎市内の中小企業を対象に、労務相談、就業規則等人事労務諸規程の作成、人事制度設計のコンサルティング業務や、給与計算、社会保険手続きなどのアウトソーシング業務を行っています。
さて、ご存じのとおり、5月1日には30年続いた「平成」から「令和」へと改元されました。7月には大阪府堺市の百舌鳥古墳群と藤井寺市から羽曳野市に跨る古市古墳群が、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。今年は近年稀にみる、天皇と古墳について話題の多い1年でした。
今回の特集号への寄稿にあたり、平成の時代に初代神武天皇から124代昭和天皇まですべての天皇陵を訪れたのを思い出しながら、皆さんを天皇陵めぐりにお誘いしたく、案内文を綴ってみました。
天皇陵めぐりを始めたきっかけ
なぜ、天皇陵めぐりというマニアックなものを始めたのか?
それは私が天皇制崇拝者だからでも、歴史に造詣が深いからでもなんでもありません。単に「営業のため」というのが率直な答えです。
私は現在、横浜で社会保険労務士をしていますが、前職は証券マンでした。もちろん営業職です。昭和58年に入社してから、長らく東京または大阪に本社のある上場企業を担当し、資金運用やエクイティーファイナンス等資金調達、あるいは子会社の株式公開(IPO)に関する事業法人営業に従事していました。
平成5年に東京から大阪に転勤。バブル崩壊後の当時の大阪は、興銀による料亭女将への過剰融資事件や、住友銀行とイトマンによる闇金融事件も加わり、金融・経済は疲弊していました。所々に痛々しい傷跡が残っていました。株価・地価大暴落の折、どの企業も株式や外債などのハイリスク商品には手を出しませんでした。証券マンとして苦難の時代でした。
そのような折、担当していた企業の中では珍しくリスク商品を購入する企業がありました。その企業の財務部長は東京からの単身赴任者。週末はもっぱら天皇陵を訪れているというのを耳にしました。どうにかしてその企業に入り込んで取引を拡大したいと考え、私も天皇陵を訪れることにしました。
その結果、会話が弾んで親しくさせていただき、商いが活発になりました。なんとも卑しい目的がきっかけとなって、私の歴代天皇陵めぐりが始まったのです。
天皇の始まり
神話でもある『古事記』と『日本書紀』に天皇の歴史が書かれています。天皇の起源は天上界・高天原にいる天照大神が、孫の二二ギノミコトに三種の神器(剣、勾玉、鏡)を授け、地上国・葦原中国(あしはらのなかつくに)に降臨するよう命じて、日向国高千穂に降り立ったことから始まります(天孫降臨)。
その後、二二ギノミコトの曾孫にあたる神武天皇は、日向国から東国を平定するために出兵します(神武東征)。難敵を次々と打ち破って東国を治め、奈良橿原神宮で初代天皇として即位します。
即位は紀元前660年、即位日を建国記念の日としています。それから2600年以上にわたり、皇室は万世一系を維持して皇位を継承しています。5月の即位の礼でも報道された三種の神器は、統治者の証、天皇の証として今日まで脈々と受け継がれているのです。
→「第2回 歴代天皇陵めぐり」に続く
宮内庁ホームページ(天皇陵)
https://www.kunaicho.go.jp/ryobo/
天孫降臨