入社3年目パート社員の日常(菊花開)

入社3年目パート社員の日常(菊花開)

2021/10/14

こんにちは。3年目パート社員のHです。

 

もう9年位前のことになりますが、当時お世話になっていた整体師のお姉さんに、「会社の繁忙期が年末なので、大掃除している余裕がない」とこぼしたところ、お姉さんは自分の誕生日の前に大掃除をしていると教えてくださいました。

自分の誕生日の前日が自分の大晦日という事で良いのでは。とのこと。

それから私も大掃除を自分の誕生月にしております。

大掃除は、決まってカーテンを洗う事から始めます。

大掃除の中で一番楽な作業なので、気合を入れずに取り掛かれます。

カーテンがきれいになると、窓のサッシの汚れが気になり、サッシがきれいになると今度は窓を拭きたくなり・・・と掃除箇所が広がってゆきます。

こうして私の秋はゆっくりと始まってゆきます。

 

こんなことを書いていると、掃除が好きなのだなと思われるかもしれません。

実際、整理整頓が好きな人だねとよく言われます。

そんなに嫌いではないですが、別の理由があります。

 

確か私が小学5年生の頃だったと思うのですが、時々記憶が数分抜け落ちているなと感じる出来事が一日に数回あることに気が付きました。

朝の会の号令の後、着席して瞬きをしたら朝の会が終わっていたり、修学旅行の夕食時に「いただきます」を言った後、瞬きをしたら食器を下げていたり・・・

周りの人は特に変わった様子もないし、食事は食べ終えている。記憶が抜けてはいるが自分はきちんと動いているらしい。

 

とても混乱しました。

母に相談しましたが、「いつもボーっとしているからでしょ」と軽くあしらわれ、1人で悩みました。

ボーっとしている時とは違う。急に場面が、時間が進んでしまっている状態をどうすればいいのか。

悩んだ小さな私が出した答えは、「全ての持ち物の置き場を決め、必ずそこへ戻すこと」でした。

これなら記憶が抜け落ちても、探し物をする必要がないからパニックにならずに次の行動へ移れる。

多少の不自然な点は「忘れっぽいから」とか「おっちょこちょいだから」とか言い訳をすればなんとかなる。という作戦でした。

そんな日々を過ごしていたのですが、記憶の抜け落ちは小学校6年生の冬頃にはいつの間にか無くなっていました。

 

でも「物の置き場を決める作戦」は性に合ったのか、習慣として残りました。

そして探し物をしなくなった私は、物を探すことがすっかり苦手になってしまいました。

 

そうです。

「物を探すのが苦手なら、全ての持ち物の置き場を決め、必ずそこへ戻せばいい」

もうこれを座右の銘にでもしましょうか・・・

 

毎年大掃除を始めると小学5年生だった私を思い出します。

忘れ物をしたり、約束をすっぽかして失望されたり、大切にしていたものが何処かへ行ってしまったりする日々の中で、必死だったあの時。

 

「大丈夫。なんとかなる。何があっても、どんな時も私はあなたの味方だよ」

「私が一生かけて、命を懸けてあなたを幸せにする」

 

人が生きるのに壮大な理由や使命はさほど必要ではなくて、ただ生涯かけて自分を幸せにすると自分に誓えれば良いのではないかと思うのです。